· 

ラーメンにチャーシュー不要論者が赤の他人の食費を心配する

チャーシューは無用といいながら別料金の半熟煮卵をトッピングしているのはおかしな話なのですが、これは卵から栄養を摂ろうと思ったからです。(チャーシューの栄養素を否定しているわけでもありません。)
チャーシューは無用といいながら別料金の半熟煮卵をトッピングしているのはおかしな話なのですが、これは卵から栄養を摂ろうと思ったからです。(チャーシューの栄養素を否定しているわけでもありません。)

今まで誰にも話したことがなく、(自他ともに認める子供の時からラーメン好きだった)親すら知らないことだと思うのですが、

私は"ラーメンにチャーシューは要らない"と昔から思っていました。

 

1人暮らしを始めた18歳の頃から今までの数十年、インスタントラーメンなどを含めると毎年365日中365食ぐらいラーメンを食べている年月を過ごしてきたと思うのですが、醤油・豚骨・味噌・担々麺・冷やし中華やつけ麺、そして各ご当地ラーメンなどを満遍なく愛していますが、たぶん人生で「チャーシュー麺」だけは頼んだことがないか、無いに等しいぐらい少ないはずです。

 

かといって"チャーシューが嫌い"というわけではなく、出されたものは残さず食べなさいと家訓で育ったので、毎回、チャーシューも残さず食べます。

チャーシューがおいしいと思ったことも幾度となくあります。

 

しかし、チャーシューが入っていないラーメンを邪道とは思いませんし、チャーシューが別料金のトッピングだとしたら麺だけの素ラーメンの麺大盛りを注文します。

スープと麺が好きなのです。

その上、ネギやワカメやコショウなどは大好きです。

チャーシューだけがいつもその存在意義を受け入れられないのです。(ベジタリアンではなく、焼き肉屋も行きます。)

 

それはさておき、ホーチミンの人気ラーメン店"暖暮"さんは、日本人以外もベトナム人客や中国人・韓国人・台湾人などのお客さんがたくさんやってくるようになりました。

 

日本以外の国の文化・慣習では「食べ物を残すこと」に罪悪感がないからなのでしょうが、豚骨ラーメンと唐揚げを頼む様子が目に入ると「なんて無謀な注文なんだ」と心の中で思います。

そして、大概の人たちは、食べ残してをしています。

 

先ほど、豚骨ラーメンと唐揚げと白飯が隣のカウンター席に届いて「おぉ」と思って、その人の顔を見たら白いYシャツを着た20代後半を思しき日本人男性でした。

常連なのでしょう、お店のスタッフさんが「替え玉は今、持ってきますか?」と聞いたので”替え玉も頼んだのかい”と心の中で仰天してました。

 

勢いよく、麺をズルズル、白飯をワシワシと食べていたので、おそらく彼は全部食べ切るのだと確信しました。(先に店を出たので確認してませんが・・・)

 

自分が10代後半から20代前半の食べ盛りの頃でもあの内容と量は無理だろうなと思います。

ちらっとしか見ていませんが彼の身体は細くはないですが、ものすごく大きいというわけでもない普通体型です。

 

全部食べるのならまったく文句はありません。作った人もお店の人も傍から見ている人も清々しいでしょうに。

その大和魂(?)に天晴!だと褒め称えたいぐらいです。

 

ただ、日々の食費高いだろうなーと余計な心配をしながら、店を出ました。